上限とか外縁とか子供の頃からとか

 自分は大体時期的にいうとウルトラセブンの本放送当時に生まれてるので、幼児期とか少年当時はその頃の変身ヒーローブームとかスーパーロボットブームとかはもろに見ていた気がする。

 でもそこまで自分は戦闘的なものが好きってわけじゃなくドラマも見てたし、割と「奥様は魔女」とか「600万ドルの男」とか「バイオニックジェミー」などの海外ドラマも幼児期から好きだった。多分そういうのってほとんど自分にとっては三歳児の魂100歳までというか、自分の血肉どころか骨そのものになってしまってる気がします。

 

 ロボットキャラなどを描くのも・・・でも最近それほど巨大ロボみたいなキャラを描く事はそんなに多くないのではと思ってるが・・・やっぱり「マジンガーZ」の主人公が兜甲児で、自分と下の名前の読みが同じだったのもあるのかなとは思ったんだけど・・・うーん、それほど意識してはいなかったんだけどなぁ・・・(グレートも好きだしなぁ、他にも好きなロボット一杯あったと思うし)

 セブンのダン隊員の役をしてたのも森次浩司氏(←昔はこういう風に筆記)だったけれど、そこまで意識していた・・・のだろうか、うーん・・・

 

 でもいずれにしてもそういうSFとか宇宙人とかロボット型の生命体っていうイメージは、自己表現をしていく上のモチーフとして自分が一番素で表現しやすい方法論なんだと思います。でも女の人の絵とかも描くけど。要は身体性ってのに割とモチベーションを喚起されるんだなぁと思います。概念的な身体でも具象的な身体でも。

 

 でも自分の本領は精神性の表現だと思ってるので。そういうモチーフを使って精神性を表現してきたと思ってるので。まぁ多分文筆でもコミックでも同様だけど。資本面で個人でやってるのでその点でどうにもならない事が多いが、逆に言うと問題はそこだけで。

 

 僕のやってる事それぞれの表現を全部出来る、って人は多分ほぼいないって思うんだよね。

 出来るって人は、多分僕のやっている表現の目的とか何を僕が表現しているのか自体を勘違いしているからそういう事を言うんだよ。

 それぞれのジャンル表現でも割と限度っぽい事をやってるから、各ジャンルなら出来る人がいる事はいても、全体から見ると少ないだろうし。上限とか本質とか核心とか革新とか中道とか外縁とか・・・頑張りたいよね、これからも。

 でもまぁ、自然体で。そこも大事なわけで。 

 

 そういう表現活動は今後も続けていきます。